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夜行童子 物語
夜行童子
つくも神 百鬼夜行すること

「器物百年を経て、化して精霊0を得てより、人の心を誑かす、これを付喪神と号すと云へり」(陰陽雑記)

器物が百年使われると「つくも神(※1)」という妖怪に変化することができるという。「付喪神絵巻(※2)」という絵巻によれば、かつて京都が平安京と呼ばれていた頃、すす払いで捨てられた古道具たちが人間への復讐を誓い、陰陽の法則に従って陰と陽が入れ替わる節分の日のどさくさに紛れて自分たちもただの古道具から妖怪に転生し、「つくも神」として生まれ変わったという。
つくも神たちは、「船岡山の後ろ、長坂の奧」を住処とし、これまでの鬱憤を晴らすべく放埓的な日々を過ごす。やがて自分たちを変化させてくれた陰陽の理を造化の神「変化大明神」として祭り、自分たちの繁栄を祈願するようになる。そしてある夜。平安京の北端での一条通で変化大明神に感謝をささげる大行列をした。「百鬼夜行(※3)」である 。
この百鬼夜行騒動によって朝廷に危険視されたつくも神たちは退治されてしまう。

※1
つくも神
道具が妖怪変化したモノ。「つくも神」は「付喪神」とも「九十九神」とも書く。「付喪神絵巻」の中では、打ち捨てられた古道具たちが陰陽の理論を利用し転生した。「付喪神」は「付喪神絵巻」の中での当て字であり、正式な名称は「九十九神」であるという。「九十九」と書いて「つくも」と読むのは「百(もも)に次ぐ」を意味する「つぐもも」が「つくも」に変容したからである。ちなみに、「百」から「一」を取ると「九十九」になるが「白」にもなる。「九十九神」とは「白髪」の言い換えであり、「つくもがみ」とは「古いモノ」を意味するのだ。

※2
付喪神絵巻
打ち捨てられた古道具が妖怪「付喪神」に変化して山にこもり悪行三昧の日々を過ごすが真言僧が使役する「護法童子」により退治され反省し、仏門に帰依するまでを描く。

※3
百鬼夜行
呼んで字の如く多くの異形の鬼(妖怪)たちが夜中に徒党を組んで行進する現象を言う。 主に平安時代の京都で起こったとされるもので、この怪異が起こりやすい「夜行日」なるものがあるとも考えられていた。当時の人々はこの鬼の群れに出会わないために夜行日の夜には外出するのを避けたり、やむを得ず外出する際は魔除けの護符を持ち歩いたという。 この百鬼夜行の様子を描いたとされているのが通称「百鬼夜行絵巻」で、大徳寺に所蔵されている真珠庵本が最古のものだといわれている。

夜行童子
夜行童子 誕生のこと

現代、夜も煌々と明かりが灯り、魑魅魍魎が蠢いた千年の闇も薄まってしまった京都(※4)。
都人が闇を畏れ、その中に未知の存在「妖怪」を見出したのも今は昔。陰と陽の均衡は崩れ、夜は明るく、人の心は暗い。
かつてつくも神たちが「船岡山の後ろ、長坂の奧」で祭り奉った変化大明神は今もその場に鎮座していた。つくも神たちが自分たちの繁栄を祈願するために作ったいわば「新興宗教の神」は、千年の時を経て貫禄を得、それなりに神様として現代社会における妖怪たちの現状を憂いていた。
陰と陽の気は流転し調和することで世は安寧に治まる。夜の闇を殺し、時を加速させ、光を過剰供給し、やがて人々は闇の中に「無」を見るのみである。そうなれば闇の住人である妖怪は完全に絶えてしまうだろう。
そう考えた変化大明神は眷属(※5)である小僧妖怪を遣わし、百鬼夜行を復活させて京都の闇を深め、陰陽の均衡を保つことを決めた。
その小僧妖怪は、古道具がつくも神に変化した際に利用した陰陽の秘術を「妖怪陰陽道(※6)」として授けられ、平安の装束である狩衣を下賜され、「夜行童子」の名と共に百鬼夜行復活の任務を受けに、京の街へと旅たった。

※4
桓武天皇は平城京から長岡京に遷都した後、すぐさま平安京に新たな都を造営し遷都している。これは桓武天皇が無実の罪で死なせた実弟である早良親王の怨霊から逃れるための方策であったと言われている。当初から怨霊や妖怪や呪いの存在を前提として作られた京都の街には数々の怪奇な伝説が残っており、俗に京都魔界などと呼ばれている。

※5
眷属
けんぞくと読む。親族や従者を意味するが、本来は神に代わって神の意志を伝える神の使者をいう。例えば稲荷神の眷属は狐である。

※6
陰陽道
古代中国で生まれた陰陽五行説、天文学、暦法などを日本独自に発展させたもの。森羅万象を陰と陽に細かく分類し組み合わせ世界の理を読み解こうとした当時の自然科学であり、自然法則や人の運気などのコントロールを試みた呪術でもある。陰陽道の知識と技術は国家の監視下に置かれ「陰陽寮」という公的機関において国家運営のためにのみ使われることが許可されていたが、陰陽道を修める陰陽師が有力貴族と私的につながり個人的なブレーンを務めるようになると、立身出世のために儀式を行ったり政敵を呪殺したりする呪術師としての側面が強く出始めた。やがて江戸時代になると陰陽道は国家運営から切り離され民間信仰として全国に広まった。明治の頃には完全に迷信として切り捨てられ、民間信仰の中にその残滓を留めるのみになった。

夜行童子
夜行童子 式神と出会うこと

百鬼夜行復活という途方もない計画を実現しなくてはならない夜行童子。とりあえず「死者があの世から戻ってくる」という異界と現世の出入り口「一条戻り橋(※7)」から京都の街へ足を踏み入れた。数々の妖怪譚の舞台となったその橋の下には未だ平安京の深い闇が流れているかのようだった。その千年の闇の中から気配が迫って来る。
「式神!(※8)」
その正体は妖怪が苦手とする陰陽師が打った「式神」であった。かつて最強の陰陽師が戻り橋の下に式神を隠したという。陰陽術や妖怪関係の知識を身に付けただけの小僧妖怪である夜行童子はマンガの中の妖怪キャラクターのようにカッコよく戦うことなど出来るわけがない。すぐさま逃げ出すも捕えられてしまう夜行童子。
「わが主に仇なす妖物かと思ったが、ただの童(わらし)であったか。お前は何者であるか」
式神に詰問される夜行童子はあっさりと素性と目的を白状する。
「変化大明神の眷属か。かつてわが主が変化大明神と朱雀門の楼上で双六勝負(※9)をし負けた際に契りを結んでしまった。その契約に従い、私はお前を助ける者となろう」
かくして式神は夜行童子の陰陽道の師匠「しきがみ先生」として共に百鬼夜行復活のため行動することになった。

※7
一条戻り橋
平安初期の法力僧、浄蔵がこの橋の上で亡き父を蘇らせたという「死人が戻る橋」。平安京におけるあの世とこの世の境界で、人と魔物が出会う場所であった。妖怪退治で有名な源頼光の配下、渡辺綱はこの橋の上で若い娘に化けた鬼に襲撃を受けたという。そして大陰陽師安倍晴明は自らが使役する「式神」をこの橋の下に住まわせていた。

※8
式神
「式」とは「用いる」の意味である。式神とは陰陽師が使役する鬼神、精霊のことで、それらを使役することを「式を打つ」という。安倍晴明は式神を使い屋敷に居たままで外界の様々なことを知ったという。また晴明は他人を呪殺するために差し向けられた式神をそのまま相手に返す「返し式」を行うことも出来た。式を返された術者はそのまま死んだという。

※9
朱雀門での双六勝負
「長谷雄草紙」によると、平安中期の公卿、紀長谷雄が、平安京の朱雀門の楼上で謎の男と双六対決をしたという。長谷雄は全財産、男は絶世の美女を賭けて勝負を行い、長谷雄が勝利するも男の言いつけを守らなかったために女は水になって流れて消えた。男の正体は朱雀門に住まう鬼であり、女は鬼が死体を集めて作ったという。
おそらくこれに倣い、式神の主である陰陽師と夜行童子の主である変化大明神が何かを賭けて双六勝負をしたようである。

夜行童子
夜行童子 人の心を誑かすこと

夜行童子としきがみ先生は、百鬼夜行復活計画の第一段階として、まずは現代人の生態を知るべく町の様子を調査することにした。
そして、かつての百鬼夜行の通り道であった一条通にある商店街(※10)が大型スーパーの進出により苦境に立たされる中、何か変わった「まちおこし」をして集客すべく頭を悩ましていること知ると、
「つかえる……」
そう考えた夜行童子としきがみ先生は、妖怪陰陽道の術で商店主たちを幻惑し、一条通の百鬼夜行をテーマにしたまちおこしをさせ、ここを百鬼夜行復活のための拠点とすることにした。
そして何も知らないマヌケな妖怪好き大学生をその先兵として利用するため「妖怪藝術団体(※11)」を組織させ、お人好しの作家やコスプレイヤーをも化かして「妖怪まちおこしイベント(※12)」の協力者に仕立て上げ、徐々に徐々に京都を妖怪の都にしつつある……。
これを読んでいるあなたも、その術中にあるのだ。

※10
一条通にある商店街
大将軍商店街のこと。2005年より集客の一環として妖怪をテーマにしたまちおこしを行っている。2005年当初、一条通を百鬼夜行の通り道「妖怪ストリート」と銘打ち妖怪でまちおこしすると決めた。いつの間にか妖怪ファンや近隣の学生が集まり、妖怪まちこしを形にしていった。実は夜行童子の百鬼夜行復活計画の拠点として利用されている。

※11
妖怪藝術団体
百妖箱のこと。妖怪ストリート立ち上げ当初から嵯峨美大の学生が妖怪まちおこしイベントを運営している。やがて学生有志で妖怪藝術団体「百妖箱」を設立し、独立した組織として様々な妖怪活動を行っている。百妖箱メンバーは夜行童子を愛玩動物のように可愛がっているが、すべては彼の思惑通りである。
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※12
妖怪まちおこしイベント
2005年から行われている妖怪仮装行列「一条百鬼夜行」や、妖怪アートフリマ「モノノケ市」、妖怪たちを路面電車に乗り込ませる「嵐電妖怪電車」など、大将軍商店街を拠点に百妖箱のメンバーにより運営されている。
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